2020年07月06日

非特異的腰痛の原因(2)

 前回に続いて、非特異的腰痛の原因(2)を記載します。

 同じ健常者を、定期的に月に一度の割合で、施術する機会があり、毎回のように右EXを検出することから、その方は小さな右EXを、毎回作っていると考えざるを得ません。

 健常者の右EXは、個人の生活習慣の違いよりも、からだの中で発現する普遍的な理由がある、と想像されたことから、健常者と有症者が混在する右利き足者276例、左利き足者33例(Chapmanの判定基準を元に特定)の左右利き足者の右EX臨床像の違いを調べてみます。

 左利き足、右利き足者の固定腸骨像
 その結果、左利き足者では左PIが1人、右ASが2人検出されましたが、その他は両グループともに左腸骨はAS、IN固定を検出し、右腸骨はPI、EXであり、特に右EXの頻度は両グループの8割以上で検出しています(表4)。
 
 利き足者の固定頻度は、全例間、男性間、有症者間は有意の差があり、健常者間、女性間には差がありません(表略)。
相関性は、両グループともに正相関が左ASと右PIに見られています。

309例の特定因子(健常者と有症者、左右の足、男女、並びに固定方向)について、多変量解析で関連性を解析すると、健常者と右EXは強い関係があることがわかりました(図略)。

 これらの結果から、腰痛や肩こりのない健常者は、日常的に右腸骨が外方へ固定していると結論されました。
右腸骨は、右PIと右EXに固定され、左腸骨は左ASと左IN固定されるのは、一般に言われるような利き手・利き足の違い、の関係はなく、からだの普遍的なメカニズムに、もとづいていることが推測されます。
非特異的腰痛の原因(2)


 左脳と右脳の運動機能
 一方、言語や音楽は、左右の脳半球で活動が分業するように、運動も分業があるとされます。
左脳は、関節の微調節を保ちながら、細かい動作を行ない、意識的な運動脳の働きが得意とします。
それに対し、右脳にはそのような働きはなく、大きな関節を無意識的・危険回避の反射的な動きを、優先する姿勢脳の働きがあることが知られています。

 運動の神経回路は言語や音楽の認知機能と違い、延髄で交叉し、左脳由来は右半身側へ、繊細な動作の骨格筋調整に優れ、右脳由来は、左半身側に姿勢を保つ骨格筋調整を行っています。このことは、右脳由来の姿勢脳は左足を「軸足」、左脳由来の運動脳は右足を「運動足」として分業しています。

 このメカニズムがヒントになり、そうであるなら、左腸骨がASとIN固定だけで、右腸骨がPIとEXの理由がわかってきます。

 左腸骨がASを作り易い理由
 運動力学に基づく仙腸関節の動き方は、腸骨が前上方に可動すると仙骨が起き上がり、腸骨が後下方すると仙骨がうなずく側に動く、Kapandijの「うなずき起きと上がり運動」としてよく知られています。

 図3Aの模式図は、左足の「軸足立」と、矢状面の「左仙腸関節と腰椎」を示します。腰椎は後彎することで、脊柱S字カーブが消失し、脊柱は直線的で、体幹が固まるので姿勢が安定します。

 図4Aはその時の横断面で、左腸骨と仙骨の、不一致関節刻面どうしが、噛合い圧縮し、密着することで「左軸足」が成立します。
しかし、この圧縮構造は、AS固定になり易いわけです(模式図は便宜上、腰椎の前に左腸骨を描く)。
非特異的腰痛の原因(2)


 右腸骨がPIを作り易い理由
 図3Bの「右運動足」は、右足でボールを蹴り上げる瞬間を表します。
この時の「右仙腸関節と脊柱の動き」は、仙骨のうなずき運動を行います。
 右腸骨が、後下方回旋して仙骨がうなずく動作は、腰椎のS字カーブが増大して、関節刻面が最大に離開(図4A)し、右足は大きい可動域を得、てボールを蹴り上げるのに都合がよい姿勢です。

 運動時の動的な構図で強調しましたが、日常の体幹の動きとは、左脳由来の右手と足が細かい動作を行ない、右運動足の関節面が離開するので、右腸骨は右PIを生じ易いわけです。

 右腸骨がEXになる機序
 図4Bは、横断面で右EXの発生機序を表しています。
 運動足側の仙腸関節は、腸骨が仙骨に対し、不一致な刻面をした耳状面の噛合いは、解離方向の動きになっており、最小です。

 右腸骨側の腸骨と仙骨の、離開方向の噛合いの不都合は、小学校(10歳頃)高学年の児童期頃から始まります。
成人の頃になると前仙腸靭帯、後仙腸靭帯、骨間靭帯は弛緩し、左仙腸関節よりも右仙腸関節は緩み、曖昧になります。

その結果、右寛骨を支持する、右腸骨稜から鼠径靭帯に付着する右腹斜筋群が、筋緊張を引き起こし、右腸骨は前方に引っ張られ、右EXが発生します。

 右腹斜筋群が関わるのは、健常者48例の冠状面の正面像における、臍の位置が、腹部水平線の中央から右側へ、1.1±4.99mm移動していたことと、右腰背部痛の来院者は、右鼠径部に圧痛を訴えることが多いことから推測しています。

 体重は軸足で支えていますが、時には右足に換えるので、左右の仙腸関節は逆方向に負荷をかけてバランスをとり戻しています。

 しかし軸足と運動足は、普遍的な左右非対称性です。右仙腸関節は持続的に離解を強いられ、繰り返され、左よりも右側の靭帯は、弛緩し曖昧な関節になるのです。
非特異的腰痛の原因(2)

 右脳の姿勢脳がすべてのスポーツを左回りにする
 右姿勢脳の無意識的な反射的能力が働くと、立位姿勢は両側の足で体重を支えてなく、体重は優先的に左半身が受けます。
 図3Aのように、必然的に左軸足で立ち、からだは左回り回転が安定します。
逆に右軸足では、左足は不得意な動き方になります。
日常では、左足が自重を支えることで、右足の自由を確保します。

 人は、左回りの回旋が得意であることを疫学的に検証すると、野球競技、スピードやフィギアのスケートの氷上競技、短距離を除くマラソン陸上競技、円盤投げ・ハンマー投げのフィールド競技、社交ダンス、競輪・競艇・オートレース、すべての競技は左回りです。

 円周に回る競技は左回りしかない疫学的な事実が、左軸足はASを生じ、右運動足がPI、EXを生じ易いことを物語ります。

 非特異的腰痛の発症機序
 骨盤と脊柱がからだの基本構造とすれば、それらをつなぎ合わせている仙腸関節、腰仙関節及び椎間関節は重要です。

 土台である仙腸関節は、関節面は不一致刻面で、関節包があり、前仙腸靭帯と後仙腸靭帯には知覚神経週末が分布し、骨間靭帯で結ばれ(図4B)て、骨盤環を安定に保っています。
 
 上半身の体重を、左右の下腿へ分散する運動神経は、脳半球が優先的に支配し、上述の運動力学により、右仙腸関節は解離する頻度が多いので、EX方向へ固定され易く、左仙腸関節は逆にAS方向へ固定され易くなっています。

 そのため仙腸関節は、左AS、左IN、右PI及び右EXに固定されて、強固な関節が緩み、右寛骨は横断面で前方に歪みます。
骨盤の筋起始部に付着する起立筋群と腹筋群が、反射性緊張し、阻血状態になることで、筋・筋膜性の腰痛を発症します。

 軽度な腰痛は短期間で治まりますが、からだが痛みに慣れただけで、固定は消失しません。

 固定が拡大し、許容限界を超える体重移動が加わる時、支持組織、仙腸靭帯が破綻し、歩行困難な仙腸関節性腰痛を発症します。
 仙腸関節性腰痛の回復は寝て安静にするよりも、固定腸骨を取り除く方がはるかに早く回復しています。 

 右腸骨のPI固定は、同側の大腿四頭筋起始部を過伸展させ短下肢になり易く、対側の左腸骨AS固定は、大腿二頭筋起始部を過伸展させて長下肢を作っています。
 この問題は大腿筋が弱化する理由として知られ、体幹を支える最大の拮抗筋のアンバランスが、長期にわたり脊柱に負荷を掛け、腰仙関節は不安定な重心移動し、脊柱のS字カーブが失われ、腰椎は後湾し、ストレートネックになると思われます。
 
 脊柱は、椎骨と椎間関節、椎間板の3点セットでつながり、寛骨が横断面で前方に捻じれるので、椎骨をつなぐ固有背筋が、脊柱を捻じり傾け、重心を捉えて姿勢を保つ。
 臥位を除いて常に固定した仙腸関節の影響を受け続け、3点セットの立体構造は、椎骨間の支持靭帯、椎間関節を包む関節包が変形や変性退化し、椎間関節、椎間板局部で炎症が惹起し影響を受けると推測されます。
 
 右腸骨のEX固定が起因となり、筋・筋膜性腰痛、仙腸関節性腰痛、椎間関節、椎間板性腰痛が発現する仮説を発表します。

 以上をまとめますと、非特異的腰痛の治療法は、仙腸関節の固定を除く施術が、原則になると結論します。
 

特異的腰痛の予防と施術
 仙腸関節由来の腰痛は、徒手療法、鍼灸、ヨガ、光線、気功、アロマセラピー、運動療法、温泉療法などの統合医療が適しています。仙腸関節の固定した方向を脳裏に入れておけば、的確な施術が出来、予防も容易な操作となります。

 医師をはじめ、看護師、リハビリテーション業務に携わる介護福祉士、介護士、各種療法士、あん摩マッサージ指圧師、柔道整復師、カイロプラクティック、ヨーガなどの専門技職の方、ご家庭で介護をされるご家族の方でも出来る、腸骨メジャーの基本的な施術法を紹介します。

 施術は2段階の操作があります。可動制限された仙腸関節の回復を目的に、PSIS並びに坐骨結節を、固定されている方向の反対側へ、ごくわずかな優しい手の力(マニュピレーション)で持続して押圧します。

 受療者の姿位は仰臥位、側臥位、伏臥位で布団上で、固めのベッド上が最適です。
 
 左腸骨の場合、マニュピレーションは、PSISは内から外の方向と、坐骨を上から下方向へ行ないます。
左腸骨のAS腸骨は圧縮された固定なので、施術はごく軽い強弱を加えます。
左側の大腰筋、大腿四頭筋は拘縮し易いので、肩こりをほぐすように筋弛緩操作も有効です。
 不適切な操作が、PSISを上から下の方向と、外から内への方向です。

 右腸骨の場合、マニュピレーションは、PSISは上から下の方向と、外から内側へ行います。
 右腸骨は関節が離解後の曖昧な固定なので、強めの押圧が重要です。右側の大腰筋、腰方形筋と腹斜筋は拘縮し易いので、肩こりをほぐすような筋弛緩操作も有効です。
 不適切な行為が、逆方向でPSISを内から外側の方向と、坐骨を上から下の方向です。
 
 高齢者の場合、腰痛は腰背部の組織が変性退化していることを考えて、慎重に上記の操作を行なうことで、痛みは緩解することが期待されます。仙腸関節の固定が癒合する前の段階での施術が望まれます。
 可動域内の適切な押圧は、操作中と施術後は心地よい感覚があることも目安です。

 超慢性的な有症者は可動域から逸脱した固定や、仙骨メジャーの固定がもたらす腰痛、特異的腰痛の可能があり、痛みが増す場合は直ちに中止です。

 肩こり・頭痛等の有症者でも、固定腸骨がからだの可動域を狭め、運動量も小さいので、仙腸関節の運動連鎖は、上肢と下肢の動作回復につながります。
 関節と筋の可動域を取り戻すことを目的とした、リハビリテーション医学の操作に役立つことが期待されます。

 注意していただきたいことは、腸骨は左右でそれぞれ別方向に固定しているので、予防であっても仙腸関節は左右側に同方向の操作を行うことは好ましくありません。

 固定を強くする施術は、効果が期待出来ないし症状が増悪することにつながります。

 リハビリテーション医学に携わる方々、徒手療法を扱う方々のご参考になれば誠に幸いです。


 終わりに
 ぎっくり腰の予後は健常生活に戻っても、固定腸骨は残るので、骨盤、体幹、脊柱の柔軟性が損なわれてこわばって来ます。

 特異的腰痛の脊柱管狭窄症、腰椎椎間板ヘルニアなどは、脊柱の立体構造の不可逆的な構造退化と考えると、脊柱の破綻は仙腸関節の問題ではないでしょうか?
 脊柱が病変を伴う構造退化してしまう理由が見当たらないのです。

  右EXは、腰痛だけではなく、自律神経系にも影響をもたらすと考えています。
横断面で右EXは右前方なので、体幹と右肩甲帯を前方へ捻じらせます。

 体幹は左回りに捻じれるので、固有背筋が、脊柱を逆の右回りに捻じらせる補填機能が働きます。
その結果、胸腰椎は代償性の右回旋変位を生じます。

 この変位が交感神経幹節を刺激し、交感神経活動を亢進させて、自律神経由来の諸症状を起こすと推測しています。

引用文献
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22.吉野和廣、吉野和織:脊柱の調整は自律神経の活動を健常にするか? 脊椎原性疾患の発症機序を考えて、 日本カイロプラクティック徒手医学会誌、2019


桜カイロプラクティック
院長 吉野和廣






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